第1回:留学生市場に漂うポスト・コロナの暗雲(2020年6月1日)

垣内 哲(日本語教師センター副会長)

 

新型コロナウィルスが猛威を振るい、感染防止の名のもとに世界中で人々の往来が止まった。その中には留学を希望している者も含まれ、地球規模で留学生市場が停滞している。一方、少しずつだが、事態が抑え込めたとして外出制限が緩和された国もある。日本においても5月25日付で緊急事態宣言が解除された。いまだ外国人の入国を想定できる段階ではないが、ポスト・コロナの時代が見えつつあるのも事実だ。そこで日本の留学生市場について予測できる要素を並べ、動向を探っていくこととする。

 

日本学生支援機構の調査によると、2019年5月時点の留学生数は全体で前年同期比4.4%増・31万2,214人だった。機関別では高等教育機関が同9.3%増・22万8,403人と好調だったのに対し、日本語教育機関は同7.0%減・8万3,811人とマイナスに振れた。後者が不調だった要因は「法務省が日本語教育機関への留学を希望する外国人に対する在留資格認定証明書の交付率を下げたためで、需要減退によるものとは限らない」(都内日本語教育機関幹部)という意見がある。事実、2020年4月及び7月に日本語教育機関への留学を希望して在留資格認定証明書の交付申請を行った外国人は相当数だった。

 

全体では順調な右肩上がりを描いてきた日本の留学生市場だが、新型コロナウィルスの感染拡大により厳しい局面を迎えている。4月以降に入国予定だった外国人は現地で足止めを食らい、国内の留学生もアルバイトの減少で経済負担が増し、帰国を検討し始めている。そして、なによりも市場を暗くしているのは、いくつかの不安要素により留学需要の先行きが見えなくなっていることだ。

 

 

不安要素の1つ目は入国制限だ。5月25日時点で110か国以上の外国人が上陸を拒否されており、この中には日本の留学生市場の39.8%を占める中国人や23.5%を占めるベトナム人も含まれている。日本政府はビジネス渡航→留学→観光という順に目的別で上陸拒否を緩和する方針を打ち出しているが、事態が完全に沈静化していない状況下ではインバウンド再開の目途は立たないままだ。さらに、わが国が上陸拒否を緩和したとしても相手国が日本への渡航を禁止すれば、当該国の外国人が入国することはない。上陸拒否や渡航制限は各国がそれぞれに定めるもので、状況次第では日本への渡航制限をする国が出てくるのは当然のことだ。

 

不安要素の2つ目は海外の経済事情だ。中国は全国人民代表大会で毎年発表していたGDP成長率の目標設定について、2020年は見送るという異例の事態に陥った。未発表は1990年の統計開始以来初だったことから経済はかなり沈んでいると推測される。また、ベトナムでは2020年のGDP成長率目標を6.8%としていたが、日本貿易振興機構が報じたところでは新型コロナウィルスの影響が長期化した場合、6%を下回るという予測を現地政府が立てたという。留学生を日本に多く送り出してきたアジア諸国の経済の落ち込みは、市場にとって悪いシナリオだ。ただでさえ日本と各国には大きな経済格差があり、留学費用が障害となってきた。格差が広がれば、経済事情から留学を諦める、または技能実習生として出稼ぎを目的とした来日を目ざす外国人が多くなる可能性がある。

 

不安要素の3つ目は受け皿となる日本語教育機関の事情だ。約800校まで膨れ上がった日本語教育機関は飽和状態に陥り、留学生を奪い合ってきた。在留資格認定証明書の交付率も低く、留学生の受け入れに苦戦していた学校もあった。赤字続きで売りに出された物件も少なくない。そこにコロナ禍が襲ってきて、業界全体として留学生が入学しなくなった。消費者なき業界では買収の動きすら鈍ることが想定され、これから閉校連鎖の危機を迎えるかもしれない。そうなれば、仮に留学需要が早期に回復したとしても、その時点で日本語を学びたい留学生を受け止める器が足りなくなる。

 

最後にもうひとつ。不安要素ではないが、諸刃の剣となり得る懸念事項がある。オンライン授業の波及だ。それ自体は悪くないが、日本から発信されるオンライン授業はいつの日か「留学の代わり」となるかもしれない。海外にいながら日本発のオンライン授業を受け、それにより日本の大学の学位が取得できたり、日本語能力を十分に備えられたりする。そんな世界が実現すれば、外国人が留学生として来日する意味はどこに見出されるのか。

 

ここまで3つの不安要素と1つの懸念事項を並べたが、留学市場を左右する根源とはその国で学ぶことが魅力的かどうかだ。世界中の留学生市場が落ち込むという未曽有の危機に直面しているが、明けない夜はなく、いつかは需要が回復する。そのとき日本への留学が外国人にどのように映っているか。新たに差す陽が希望を届けられなければ、何のための停滞だったのか。混乱の最中ではあるが、留学生教育に携わる者は今まさにそれが試されていることを忘れてはならない。

 

参 考

2019(令和元)年度外国人留学生在籍状況調査結果|外国人留学生在籍状況調査|留学生に関する調査|日本留学情報サイト Study in Japan

法務省:新型コロナウイルス感染症の拡大防止に係る上陸拒否等について (moj.go.jp)

新型コロナウイルスでベトナム経済にも打撃(ベトナム) | ビジネス短信 – ジェトロ (jetro.go.jp)

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