第2回:日本語教育の対価と学習者が抱える事情(2020年6月15日)

垣内 哲(日本語教師センター副会長)

 

新型コロナウィルスの影響を受けて、日本語教師の働き方とその価値が問われている。オンライン授業の対応に迫られて忙しい日々を送っている者がいる一方、教育機関の休校措置や学習者との契約停止などで職を失った者もいる。表面化しつつある日本語教育の対価について昨今の事情とともに考えてみたい。

 

2019年6月、「日本語教育の推進に関する法律」が成立し、国内における日本語教師の資格に関する仕組みの整備が進められた。文化庁が2020年3月にとりまとめた「日本語教師の資格の在り方について(報告)」によると、「公認日本語教師」という国家資格が設計される予定だ。留学生、生活者としての外国人、日本語指導が必要な児童生徒等、就労を希望する在留外国人、難民等などに対して日本語を教えるすべての者を包括した制度が誕生することになる。

 

背景には国内の日本語教師不足がある。先の報告書を引用すると「我が国に在留する外国人は、令和元年6月末現在、約283万人に上り、年間15万人を超えるペースで増加しています。また、国内の日本語学習者数も過去最高の約26万人となっています。これに対して日本語教育人材の数は約4万人となっていますが、その約6割はボランティアであり、職業としての日本語教師は全体の4割の約1万9千人にとどまっており、日本語教育機関や学校、地方公共団体が運営する地域日本語教室等における日本語教師の確保が課題となっています」(文化庁文化審議会国語分科会)。

 

なぜ、こんなにもボランティアの日本語教師が多いのか。それを理解するには、学習者の事情を知る必要がある。ボランティアが指導する学習者には、例えば外国人の子どもがおり、その中には日本の公的教育機関に通わない不就学者がいる。文部科学省の「外国人の子供の就学状況等調査結果(確定値)概要」によると、2019年時点で1万9,471人にものぼる。一方、資料としてはやや古いが、同省が2005~06年度に行った「外国人の子どもの不就学実態調査」を見ると、不就学の原因として最も多かったのは「学校に行くためのお金がないから」(15.6%)だった。学校に通う費用すら捻出できない彼らには日本語教育に対価を支払う余裕などあるはずもなく、不就学者は日本語教師の消費者にはならないと推測される。

 

対価が払えない貧しい学習者は不就学者のみならず、生活者としての外国人、就労を希望する在留外国人、難民なども該当する。結局、日本語教育市場は対価を長期に渡って払うことができる留学生に頼らざるを得ず、その留学生にしても学費を安く設定しているために日本語教師が手にする額は少ない。最近では外国人観光客を消費者とする教育機関もあるが、数としては少ない。また、海外学習者にオンライン授業を施す日本語教師もいるが、それとて大きな対価が得られるわけではない。26万人も学習者が存在するにもかかわらず、「食べていけない」日本語教師が多いのは構図的な要因があるのだ。

 

では、現在の日本語教育の対価はどれほどのものか。日本語教師センターでは2017年に東京 23 区の日本語教育機関に勤務する非常勤講師181人にアンケート調査をしている。これによると、1コマ(45~50分)の授業の対価は1,700円以上1,800円未満が46人で最も多かった。仮に1コマの対価が1,700円として、1週間の最大コマ数(40コマ)で授業をすると、週給6万8,000円、月給27万2,000円になる。月曜日から金曜日、毎日朝から夕方まで連続で授業をしてこの対価だ。しかも、アンケートは最低賃金が全国で最も高い東京23区を対象にしているから、他の地域ではさらに低い対価になろう。

こうした現状を反映してか、日本語教育に関する教育課程を履修した大学生が卒業後に日本語教師として就職することは少ないようだ。目白大学、大東文化大学、昭和女子大学などのホームページを見ると、卒業生の就職先には日本語教育機関を運営している企業が1社しか見当たらない。他に日本語教育に関連した団体の名前もなく、彼らの多くは日本語教育とは無縁の仕事に就いている。

 

国内の日本語教師が足りないがために国家資格を設計して職業としての価値を上げ、成り手を増やそうとしている。しかし、専門知識を身に着けた若者には、将来性豊かな明るい業界には映らない。問題の根は資格制度ではなく社会そのものにあり、一朝一夕には解決しないほど深いのかもしれない。

 

参 考

文化庁:日本語教師の資格の在り方について(報告)

文部科学省:外国人の子供の就学状況等調査結果(確定値)概要

文部科学省:外国人の子どもの不就学実態調査の結果について

日本語教師センター:統計調査「東京 23 区非常勤講師の働き方」公開資料

目白大学外国語学部日本語・日本語教育学科

大東文化大学外国語学部日本語学科

昭和女子大学人間文化学部日本語日本文学科

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