垣内 哲(日本語教師センター副会長)
37万9,974人。2019年6月時点で日本に在留していたベトナム人の総数で、じつに10年間で34万人も増えた。いまや身の回りに彼らがいるのは当たり前だが、果たして来日に至る経緯や母国の事情はどれほど知られているだろうか。そこで、統計から見えてくる急増の背景に迫る。
ベトナムは東南アジアに位置する国で、他にミャンマー、カンボジア、タイ、ラオス、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシア、フィリピン、東ティモールなどが同地域に存在する。国際交流基金が3年ごとに公表する「海外日本語教育機関調査」の2018年度版によると、人口が最も多いのはインドネシアで2億3,764万人。ベトナムは8,584万人で上から3番目だ。一方、法務省の「在留外国人統計」によると、日本に在留する外国人として最も多いのはベトナム人(37万9,974人)で、フィリピン人(29万7,890人)、インドネシア人(7万3,805人)、ミャンマー人(3万139人)などが続く。在留外国人の人数だけでなく、母国の人口に対する在留外国人の割合で見ても、日本で働いたり学んだりしているベトナム人の多さが目立つ。
日本語学習についてはどうだろうか。上記の「海外日本語教育機関調査」によると、ベトナム国内の学習者は17万4,521人で、東南アジアではインドネシア(70万9,479人)、タイ(18万4,962人)に次ぐ。ただし、2015年から2018年までの増減幅ではインドネシアが4.8%減だったのに対して、ベトナムは169.1%増と驚異的な伸びを見せており、日本語教育ブームがうかがえる。このブームを牽引したのは公教育以外の機関・施設等で、学習者は11万4,957人と全体の65.8%を占める。同機関・施設等における学習者の多さはベトナム特有で、インドネシア(2万3,317人・3.2%)、タイ(1万6,556人・8.9%)などと比べて突出している。「日本での就労や現地の日系企業への就業、技能実習制度等を利用した渡日を希望する学習者が現地の日本語学校等に通うケースが大きく増加していることが要因として考えられる。ハノイ市やホーチミン市といった大都市だけでなく、以前は日本語教育が実施されていなかった地方部でも技能実習・研修候補者向けの予備教育を行う機関などが確認されており、日本からベトナムに帰国した元技能実習生が地元で機関を設立したり、日本語教師として勤務したりしている」(国際交流基金)。
一方、公教育における日本語教育は途上の只中だ。とくに中等教育の学習者は少なく、2万6,239人と全体の15.0%に過ぎない。インドネシア(65万215人・91.6%)、タイ(14万3,872人・77.7%)などとは比べようもないほどだ。とはいえ、その人数は3年間で2倍以上に急増しており、「地域的な拡がりに加えて以前から既に日本語を導入している地域で導入校が大幅に増加したことが確認できている。中等教育を管轄している各地の教育訓練局が日本語教育に積極的なことが背景となっている」(国際交流基金)。
次に来日したベトナム人に視点を移し、その中でも留学生に焦点を当てていく。近年、日本語教育機関におけるベトナム人留学生は大学進学が少なく、専門学校進学が多くなっている。その正確な人数を把握することはできないが、日本語教育振興協会が258の日本語教育機関を対象に行ったアンケートによると、2020年に日本語教育機関から進学したベトナム人留学生のうち大学に入学したのは1,033人、専門学校に入学したのは5,018人でおよそ5倍の開きがあった。こうした現状を受け、ベトナム人留学生は学費が低く且つ入学しやすい専門学校に進学し、勉学には注力せず、アルバイトで稼いで母国に仕送りするのが常習化しているのではないかとの報道がある。
翻ってベトナム人はそもそも大学進学への興味が薄いとの指摘もある。日本学生支援機構の「海外留学支援サイト」によると、ベトナム国内における大学進学率は2016年時点で26.2%と低い。日本では大学の増加と少子化が重なり、約55%まで上昇したが、ベトナムの若者にとって大学進学は必ずしも一般的ではないようだ。さらに、日本での就労を希望するベトナム人留学生が多いことも無関係ではない。
背景には母国の就職事情がある。みずほ総合研究所・酒向浩二上席主任研究員の報告書に詳しく、ベトナムでは近年、全体失業率が約2%に抑えられているが、15歳から24歳までの失業率は約7%まで高まっている。「この層では30万人超が失業している状況が続いている」(酒向)という深刻さだ。実はベトナムの大学進学率は低いとはいえ、10年間で約10%も上昇するなど高学歴化が進んでおり、これが若者の就職難を生んでいる。「大卒者数は増えるも、希望する先に就労できる人数にはどうしても限りがある。その結果、大卒者の失業者数は高止まりしている」(酒向)。彼らが職を求めてやってきた日本で、就労に必要な知識や技術を短い期間で身に着けるべく専門学校に進学するのは、極めて自然な行動なのである。
参 考
国際交流基金:海外の日本語教育の現状 2018年度日本語教育機関調査より