コラム:年間受験者は100万人超、急成長する日本語能力試験(2020年8月24日)

垣内 哲(日本語教師センター副会長)

 

学習者が保有する日本語能力をどのように測定するか。その答として、また頼る術として日本語能力試験は大きな役割を遂げてきた。1984年の開始から四半世紀、それは時として学習者を映す鏡でもあった。

 

日本語能力試験のホームページによると、当初の受験者数は約7,000人という小さな規模だった。1980年代は日本語学習の世界的な広まりも今ほどではなく、試験の測定度に対する信用も低かったのかもしれない。その後、少しずつ受験者が増え、受験目的も単なる能力の測定から就職、昇給・昇格、資格認定への活用など多岐に渡るようになり、留学生による進学を目的とした受験も多くなっていく。すると2009年には従来の年1回から夏冬の年2回開催へ拡大。翌年には1級~4級の4段階認定がN1~N5の5段階認定となるなど、大幅な刷新も行われた。そして平成最後の開催となった2019年、受験者は116万8,535人(海外72万9,450人、国内43万9,085人)と過去最高を記録して、押しも押されもせぬ日本語の代表的な試験となった。コロナ禍の2020年は第一回試験が中止となり、第二回試験の申し込みも本稿執筆時点で延期となった。さらに、第二回試験はN4が10分、N5が15分、それぞれ試験時間が短くなることが予告されており、受験者にとっては不安も大きいが、日本語教育機関の関係者によると「来日済みの留学生も海外で来日を待つ外国人も大半が受験を希望している」(都内日本語教育機関幹部)という。

 

日本語能力試験の内容は、文字・語彙・文法、読解、聴解の3つの要素をマークシート方式で測るもので、インプット能力のみが問われる。会話や筆記などのアウトプット能力が問われないという特徴は、日本語能力を正しく測定するという観点からは短所とも捉えられるかもしれない。また、過去問題が販売されていないが、これは大規模な試験では珍しい。出題傾向に基づいた対策をしたいと願う学習者は世界中に多く、翻訳版も含めた販売が待たれる。一方、会場は国内47都道府県、海外85か国・地域(249都市)で確保し、受験機会の均等に対する配慮がうかがえる。

 

学習者にとって日本語能力試験に合格する利点は何だろうか。ホームページではN1に合格した場合は①出入国管理上で優遇される高度人材ポイント制度において15ポイント取得できる(※N2合格は10ポイント取得)、②医師、歯科医師、看護師など多くの医療系国家試験の受験資格を満たす、③中学校卒業程度認定試験で国語の試験が免除される(※N2合格も免除)ほか、N3~N5に合格した場合は経済連携協定に基づく看護師・介護福祉士候補者の来日条件を満たすことなどが確認できる。また、ホームページには記載されていないものの、N1~N3に合格すると高等教育機関における入学試験の出願資格や企業求人の応募条件を満たすことが広く知られている。他にもN4に合格することが介護の技能実習生の来日及び在留資格「特定技能」の取得に必須とされている。

 

では、最近の受験傾向はどうなっているのか。2015年と2019年のデータを見ると、受験者が驚異的なペースで増えている。2015年は国内・18万4,069人、海外・46万8,450人だったが、2019年は国内・43万9,085人、海外・72万9,450人となり、ともに25万人以上も増えた。あらゆるジャンルを参照しても、短期間でこれほど認知された試験はないかもしれない。海外の国別受験者数に注目すると、とくに増えたのは中国(19万2,394人→27万3,535人)、韓国(5万4,266人→8万5人)、ベトナム(4万7,121人→7万8,318人)、フィリピン(5,765人→2,119人)、ミャンマー(6,504人→5万2,604人)、インド(1万104人→2万6,402人)などだ。一方、伸び悩んだのは台湾(7万147人→7万7,357人)で、2030年に英語を半公用語化して生活の中に浸透させようとする「2030年バイリンガル国家計画」の影響から、日本語学習の人気低下が危惧されている。

次に段階別受験者割合を見ると、夏に行われる第一回試験において2015年に最も多かったのは国内も海外もN2だった。国内では受験者の32.0%、海外では受験者の30.0%を占めていた。しかし、2019年には国内はN3の受験者が最も多く(受験者の33.6%)、海外はN2のままだった(受験者の28.7%)。国内の日本語教育機関で増えた非漢字圏の留学生が自らの能力を鑑みてN3を選んだと考えられる。ちなみに、この4年間は国内の専門学校でも非漢字圏の留学生が急増するが、これは出願資格を従来のN2合格からN3合格に引き下げた専門学校が多いことと無関係ではない。鶏が先か卵が先かは不明だが、日本語教育機関における非漢字圏の留学生がN3を積極的に受験し、彼らの有力な進学先である専門学校もN3合格者を積極的に受け入れたということだ。

 

合格率についてはそれほど変化がない。2015年の第一回試験は国内がN1・35.9%、N2・40.4%、N3・30.7%だったのに対して、海外はN1・34.0%、N2・44.1%、N3・41.8%だった。2019年は国内がN1・29.4%、N2・33.9%、N3・35.9%だったのに対して、海外はN1・29.2%、N2・37.3%、N3・42.9%となり、4年前と同様にN1の合格率に大差はないものの、N2とN3は海外受験者が合格率で大きく上回った。国内と海外の日本語教育の差異については、一部の関係者から海外における教育の質の低さを指摘する声もある。しかし、日本語能力試験に限っては、海外受験者のほうが対策を練った教育を受け、それが結果につながっているとも考えられる。

 

参 考

国際交流基金・日本国際教育支援協会:日本語能力試験

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