第11回:介護人材にひたひたと迫る時限措置(2021年3月8日)

垣内 哲(日本語教師センター副会長)

 

在留資格の整備により、介護職は外国人が就きやすい職種のひとつとなった。すでに現場で活躍している彼らは超高齢化社会を乗り切る頼みの綱となるのか、それとも短い期間で日本を去るのか。期待の裏に潜む課題を探っていく。

 

厚生労働省によると、65歳以上の人口及び全人口に占める割合は2025年に3,677万人(30.0%)となり、その30年後の2055年には3,704万人(38.0%)と急激に増加する。また、75歳以上は2025年・2,180万人(17.8%)から2055年・2,446万人(25.1%)となり、こちらも急増する。こうした変化に対応すべく介護人材の確保が急がれているが、日本人の求職者が需要に追い付いていない。業界の離職率は全産業平均より高く、人手不足が一層深刻になっている。

 

そこで注目を浴びているのが外国人だ。風穴が開いたのは2017年で、在留資格「介護」の創設と「技能実習」の対象職種における介護の追加という2つの規制緩和があった。翌年には在留資格「特定技能」が設けられ、やはり対象職種に介護が含まれた。矢継ぎ早の施策は政府の柔軟さにも映るが、追い込まれた末の方向転換だったというのが本音かもしれない。事実、介護人材は世界で奪い合いが始まっており、日本は決して有利な立場にない。例えば、カナダは介護職に2年以上従事した外国人に対して永住権取得の機会を与えている。同じ英語圏のフィリピン人などに人気で日本は後塵を拝している。

 

仮に介護人材を確保しても課題は多い。「技能実習」と「特定技能」で働いている外国人は2つの在留資格で計10年間という更新限度がある。その間に3年以上の実務経験を経て、さらに介護福祉士国家試験に合格して「介護」に変更すれば、更新限度はなくなる。ただし、「技能実習」と「特定技能」の介護人材は日本語力がN3~N5程度の場合が多く、語学面で国家試験のハードルは高い。詳細は割愛するが、国家試験は経済連携協定(EPA)に基づいて入国したインドネシア人やフィリピン人も合格率が低く、受け入れの課題となっている。外国人技能実習機構の統計によると、「技能実習」の介護人材は2018年・1,823人から2019年・8,967人となり、1年間で約5倍になった。また、出入国在留管理庁の統計によると、「特定技能」の介護人材は2019年・19人から2020年・939人となり、1年間で約50倍と急増した。彼らは今後も増え続けると予想され、国家試験の合格を条件とした10年間の時限措置については緩和を求める声もある。

 

では、在留資格「介護」はどうか。「技能実習」と「特定技能」を経由せずに「介護」を取得するためには介護福祉士養成施設(※介護福祉士を養成する専門学校、短期大学、大学)を卒業し、さらに国家試験に合格しなければならない。非常に厚い壁だが、養成施設に留学する外国人は2016年・257人→2017年・591人→2018年・1,142人と2倍ずつ増えている。この驚異的な伸び率の背景にあるのが時限措置だ。実は2027年(2026年度)卒業生までは国家試験に合格しなくても「介護」の取得が約束され、介護福祉士として5年間だけ働くことができる。出入国在留管理庁の統計によると、「介護」の取得者は2019年・499人から2020年・1,324人と急増している。

 

 

時限措置を解くには介護人材として就職後5年以内に国家試験に合格するか、5年連続して勤務するかのいずれかを満たせばいい。しかし、これが難題だ。国家試験は年1回しか実施されず、チャンスは5回しかない。介護人材は女性が多く、妊娠・出産などで離職する場合も考えられ、5年連続の勤務も容易ではない。さらに、2027年(2026年度)以降はルールが変わり、養成施設を卒業しても国家試験に合格しなければ、「介護」は取得できなくなる。これもまた時限措置で、本稿執筆時点ではあと6年に迫っている。

 

では、このような足枷がありながら、なぜ「介護」を目ざす外国人は増えているのか。彼らを引き付けているのは「介護福祉士等修学資金貸付制度」だ。多様な介護人材の参入促進を図るために2008年度補正予算で320億円もの巨額を投じて始まった。養成施設の学生・生徒に対して入学準備金20万円、修学金120万円、就職準備金20万円、2年間で約160万円が各都道府県の社会福祉協議会等を通じて貸し付けられる。貸付金は卒業後に5年間介護職に従事すれば全額返還免除になるため、養成施設の学費負担が実質ゼロになる仕組みだ。ちなみに、留学生として日本語教育機関から養成施設というルートを辿る外国人に対しては日本語教育機関の学費も企業や行政から奨学金として給付される場合がある。

 

「技能実習」と「特定技能」が抱える10年間の時限措置、養成施設の卒業生が抱える6年間の時限措置、そのいずれも国家試験に合格することで解かれる。とくに後者は学費負担をゼロにしてまで育成するだけに、試験の簡易化を望む声もある。このままでは介護人材として5年間働き、学費の返済義務が消えたところで帰国するパターンが多発するかもしれない。日本は短期に外国人を使うだけ使い、外国人は短期に稼げるだけ稼ぐ。介護業界で起きていることは出稼ぎ移民問題に通じるところがある。

 

※介護福祉士養成施設卒業生が国家試験に合格しなくても介護福祉士として働くことができる措置は2020年6月の法改正によって5年間延長され、2026年度卒業生までが対象となりました。これに伴い、本稿を加筆・修正いたしました。

 

参 考

外国人技能実習機構:業務統計

厚生労働省:介護福祉士等修学資金貸付制度について

厚生労働省:介護分野における外国人人材に関する諸制度や動向について~技能実習制度など~

厚生労働省:介護分野の現状等について

厚生労働省:雇用対策の関連施策について

厚生労働省:地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律(令和2年法律第52号)の概要

出入国在留管理庁:在留外国人統計

出入国在留管理庁:特定技能在留外国人数の公表

日本介護福祉士養成施設協会:介護福祉士を目指す外国人留学生に関する法律と受入数推移

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社:外国人介護職員の雇用に関する介護事業者向けガイドブック

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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